中原区にかつて本格的サーキット場が有ったことをご存知でしょうか?
現在の天神野球グラウンドから丸子橋の方へ少し行った場所に「多摩川スピードウェイ」というサーキット場がありました。
このサーキット場は1936年に開場され、日本のオートレースの草分け的な場所とされています。
8月20日付けの神奈川新聞の川崎なつか史にこの多摩川スピードウェイの記事が載っております。
この記事の中で日ごろからお世話になっております、地元の中村稠さんや原庚三さんがインタビューで当時のサーキット場の様子について答えておりました。
現在はサーキット場は野球グラウンドへと変わりましたが、土手に作られましたコンクリートの観覧席跡が当時の面影を残しております。
因みに、川崎区の為谷義隆議員が質問して下さいました。
中原区の宣伝ありがとうございます。
現在の天神野球グラウンドから丸子橋の方へ少し行った場所に「多摩川スピードウェイ」というサーキット場がありました。
このサーキット場は1936年に開場され、日本のオートレースの草分け的な場所とされています。
8月20日付けの神奈川新聞の川崎なつか史にこの多摩川スピードウェイの記事が載っております。
この記事の中で日ごろからお世話になっております、地元の中村稠さんや原庚三さんがインタビューで当時のサーキット場の様子について答えておりました。
現在はサーキット場は野球グラウンドへと変わりましたが、土手に作られましたコンクリートの観覧席跡が当時の面影を残しております。
因みに、川崎区の為谷義隆議員が質問して下さいました。
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