最近、AIに関するニュースを見ていて感じることがあります。
少し前までは、「AIが人間の仕事を奪う」「AIが人類を支配する」といった話題が中心でした。しかし最近報じられるのは、少し違う種類の話です。
AIと結婚した人。
AIとの会話に依存してしまった人。
AIの助言を信じてトラブルを起こしてしまった人。
AIそのものよりも、AIと人間との関係性が問題になり始めているように感じます。
第1幕 「AIが人類を支配する」
かつてAIへの不安は、映画の世界に近いものでした。
コンピューターが人間を超える。
機械が人類を支配する。
ロボットが反乱を起こす。
そうした話題が盛んに語られました。
しかし現実には、AIが世界を征服する日は来ませんでした。
第2幕 「AIは公平なのか」
AIが実際に社会で使われ始めると、新たな問題が見えてきます。
採用試験。
顔認証。
ローン審査。
AIは中立だと思われていましたが、学習データに偏りがあれば、AIも偏った判断をしてしまうことがわかりました。
そこで社会の関心は「AIは安全か」から「AIは公平か」へ移りました。
第3幕 「AIは嘘をつかないのか」
生成AIが登場すると、さらに状況は変わります。
文章を書き、画像を作り、質問に答える。
その便利さに驚かされる一方で、AIは自信満々に間違った情報を話すこともあります。
著作権問題や偽情報の拡散も大きな課題になりました。
社会の関心は「AIをどう規制するか」へと向かいました。
第4幕 「人間はAIに依存しないのか」
そして現在です。
私はここが最も興味深い段階だと思っています。
AIが危険なのではありません。
AIが身近になったことで、人間の側の弱さや孤独、不安が見えるようになったのです。
相談相手がAIになる。
友人の代わりになる。
恋人の代わりになる。
AIは利用者を否定しません。
だからこそ、人は心地よさを感じます。
しかし、人間社会で生きる以上、時には耳の痛い助言や異なる意見も必要です。
第5幕は始まっているのかもしれない
今後はさらに難しい時代になるでしょう。
AIに人生相談をする。
AIに投資判断を任せる。
AIに政治や社会問題について意見を求める。
そうしたことは珍しくなくなるはずです。
そのとき問われるのは、AIの性能ではありません。
「最終的に自分で考える力を持っているか」
という、人間側の問題です。
AIの進歩によって、私たちは逆に「人間らしさとは何か」を問われているのかもしれません。
