「伝統芸能の未来を考える」──落語界のいまを訊いてみた
今年も残り1ヶ月となりました。先月、11月には今年の流行語大賞候補が発表され、一年の終わりを感じた人もいるのではないでしょうか。
流行語大賞にノミネートされた言葉を見ると、「古古古米」や「緊急銃猟/クマ被害」などの社会問題が多く見られますが、その次に「ほいたらね」、「薬膳」、「教皇選挙」などドラマや映画に関する言葉も多く見られました。特に歌舞伎の世界が描かれた、映画『国宝』は日本だけでなく現在は世界中で上映され、公開から半年が経過した現在でも人気を集めています。この映画がきっかけで伝統芸能に興味を持った人もいるのではないでしょうか。
実は近年、若者の文化芸術への興味が薄れていっていると言われています。
今年の3月に文化庁の政策課文化政策調査研究室が発行した、「文化に関する世論調査報告書*1」では、この1年間に文化芸術イベントを外出を伴う形で鑑賞したことがあるか、18歳〜70代以上の2万5000人に尋ねたところ、「鑑賞したことがある」と回答した人の割合は全体の43.1%で、令和4年度(52.2%)以降、減少傾向にあることが分かりました。その中でも、18歳〜19歳の鑑賞経験がある人の割合は33.3%で、その他の世代と比べて下回っています。鑑賞しなかった人の理由としては、1位が「関心がない」、2位が「入場料・交通費などの費用がかかり過ぎる」、3位が「時間がなかなか取れない」となっています。
また、伝統芸能を鑑賞した人の割合は文化芸術全体の中でも低く、さらに他の質問に対しても、若い世代の上位回答項目には「伝統芸能」が入ることは一度もありませんでした。
文化芸術全般への若者の関心の低下や鑑賞する機会の減少などが問題視される中、伝統芸能分野では、演じる側の高齢化や後継者不足も問題になっていると言われています。
そこで今回は「伝統芸能と若者」をテーマに、伝統芸能の問題を調査し、若い世代の伝統芸能への関心の低さについて考えていきたいと思い、落語家のお二人にインタビューを行いました。
横浜にぎわい座の誕生
横浜と落語には深いつながりがあることを知っていますか。実は、横浜という地は多くの落語の噺の舞台となっていて、戸塚が舞台の「茄子娘」や神奈川宿新羽屋が舞台の「御神酒徳利(おみきどっくり)」などがあります。
このように、落語と縁の深い土地である横浜に設けられたのが「横浜にぎわい座」です。横浜にぎわい座は平成14年に野毛に誕生し、現在でも落語など大衆芸能の専門施設として長く親しまれています。
横浜にぎわい座の施設の中に入ると、高座を模したスペースが目を引き、落語の世界に入り込んだような気持ちになりました。

そして、情報コーナーという場所があり、落語や横浜ゆかりの演芸家に関する貴重な資料が展示されていました。その情報を見ることで公演の開始時間前に落語についての知識を深めることができました。

落語家のお二人にインタビュー
今回、私たちは横浜にぎわい座での落語鑑賞とインタビューを行いました。インタビューでは、XやYouTubeなど様々なSNSでも活動されている若手の三遊亭歌実さんと、平成23年度に第66回文化庁芸術祭大衆芸能部門で優秀賞を受賞し、今年で芸歴50年を迎えた古今亭菊丸さんに、落語家になった経緯や落語界の弟子入りの現状などについてのお話を伺いました。
三遊亭歌実(さんゆうていかじつ)さん

芸歴
2013(平成25)年2月 三遊亭歌之介(現・四代目圓歌)に入門
2014(平成26)年5月 前座となる 前座名「歌実」
2017(平成29)年5月21日 二ツ目昇進
鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島実業高校を卒業されたことで『歌実』という名がつけられたとのこと。 元鹿児島県警察本部巡査で2013年に入門。 爬虫類、古代魚、観葉植物が好きでご自宅には猫、らんちゅう、蛇がいる。 X、Instagram、YouTubeなどのSNSでも落語を広める活動をしている。
Xアカウント
https://x.com/kajitsu4123
Instagramアカウント
https://www.instagram.com/sanyuteikajitsu/
柳家花飛 三遊亭歌実の「後天性落語中毒」YouTube
https://www.youtube.com/@kattobiyanagiya369
一般社団法人落語協会 三遊亭歌実さんプロフィールURL
https://www.rakugo-kyokai.jp/members/96ooh5941
「多くの人に落語で笑ってもらいたい」
はじめに、二ツ目★の三遊亭歌実さんです。歌実さんは警察官から落語家に転職をした異色の経歴の持ち主です。警察官を退職した後、就活をする中で高校時代に学校で観た落語を思い出し、「そうか、落語か」と気づいたそうです。落語家になってなにか現状を変えたいと思ったのがきっかけでした。
伝統芸能の後継者不足が問題となっている中、落語界での現状をお聞きしたところ、「落語界は徒弟制度なのですが、ありがたいことに弟子入り志望の人数が減ったとは感じませんね」と語りました。落語界はコロナ禍以降、一時的な弟子入り志願者数の低下はありつつも、落語界全体として見ると若い落語家の数は安定して保っているようです。
落語には「古典落語」と「創作落語」があります。古典落語は江戸時代から明治時代にかけて作られ、現代まで伝えられている伝統的な落語です。一方で落語家や作家によって新たに生み出された落語を創作落語と呼びます。創作落語は現代感覚に合わせて作られているので、わかりやすく、親しみやすいという特徴があります。
落語の人気を維持するためには、伝統を守ることと時代に合わせて変えていくことのバランスが重要のようです。
「私はとにかくお客さんに笑ってもらいたいという思いが強いので、昔の言葉で伝わりづらいところは無くしたり、新しくしたりというのを前向きに取り組む方です。けれど、私みたいな人の割合が増えてくると、古典落語をする人の重要性が際立ちます。古典を古典としてそのままの形で出来る人にはもっとスポットが当たるべきだと思うんです。たしかに、難しく硬いので、パッとわかりにくいかもしれないですけど、変わらない人たちの重要性は絶対にあると思います。無くなってしまったら、もう二度と戻らないものなので」
他にも、自分を知ってもらうことで幅広い層の方に落語を観てもらえるよう、SNSを使って自身の趣味を発信しているといいます。
「人が観たいな、聞きたいな、と思うのは個人への関心も大事だと思うんです。私の人となりを知ってもらえれば、それをとっかかりに落語に興味をもってもらえると思っていて。私は爬虫類とか観葉植物とかが好きなので、それを見て落語に興味のない人が、〈お、この人爬虫類が好きな落語家さんなんだ。一回観に行ってみようかな〉となってくれれば、私にとっては嬉しいんですよね。なので、落語に関係のないことでもできるだけ発信するようにしています」
古今亭菊丸(ここんていきくまる)さん

芸歴
1975(昭和50)年11月 古今亭圓菊に入門 前座名「菊助」
1976(昭和51)年3月 広島修道大学卒業
1980(昭和55)年6月 二ツ目昇進 「菊之助」と改名
1990(平成2)年3月 真打昇進 「菊丸」と改名
受賞歴
1986(昭和61)年 昭和61年度 NHK新人演芸コンクール落語部門優秀賞
1987(昭和62)年 昭和62年度 NHK新人演芸コンクール落語部門優秀賞
2011(平成23)年 平成23年度 第66回文化庁芸術祭大衆芸能部門優秀賞
広島県呉市出身。
大学卒業前に入門し、今年で芸歴50年を迎える。
「明るく楽しく、おもしろい上品な古典落語」をモットーに活動。
一般社団法人落語協会 古今亭菊丸さんプロフィールURL
https://www.rakugo-kyokai.jp/members/h8hr2ut-ai6r
「古典落語をわかりやすく伝えるために」
次に、真打★の古今亭菊丸さんです。落語家になったきっかけは、後に師匠となる古今亭圓菊さんの強烈な落語を聞いたことでした。大学の落研時代、先輩が出場する落語大会に同行した先で、大学教授で話芸研究者であった関山和夫先生に出会い、そこで古今亭圓菊さんを紹介されて東京まで会いに行ったそうです。菊丸さんは、「初めて観た師匠の落語は座布団の上から落ちそうなくらい体を動かしていた。びっくりしたが、本当に面白かった」といいます。その頃から落語家になりたいという思いはありましたが、当時は落語家では食べていけないと言われていたため一度は諦めました。しかし、周りが就職先を決めていく中で「やはり落語家になりたい」と思い、それまでに何度も落語を聞きに行っていた圓菊さんに弟子入りしました。
師匠は菊丸さんが弟子入りを志願しに来ることを予想していたらしく、「後から(師匠の奥様である)女将さんから聞いた話ですが、師匠は私が来る前から菊助という前座の名前を用意して待っていたそうです。ですからすんなり入ることができました」と笑みを漏らしました。
菊丸さんは古典落語の落語家です。古典落語は江戸時代に作られたものが多く、当時の言葉がそのまま受け継がれているため、それを現代の落語でどのように表現するのかを工夫しているそうです。
「まるっきり現代の人が分からない言葉を使ってしまったら、伝わらないので。しかし、江戸時代の話をしているのに現代の言葉を入れすぎてしまうと、その話が壊れてしまうんです。なので、現代の方に伝わる程度に直して話すようにしています」
また、広島県出身の菊丸さんは「方言」においても観ている方にわかりやすく伝えるための工夫もされています。
「例えば、〈動く〉という言葉は共通語では〈うごく〉と発音しますが、江戸弁と広島弁の発音は同じ〈いごく〉なんです。以前、広島での公演の時に、私は江戸弁で〈いごく〉という言葉を使って話していたのですが、それを聞いた人から『広島弁が抜けていないから直したほうがいいよ』と言われたこともありました。そのため、今では〈うごく〉と言っています。そのほうが全国で仕事をするときに便利ですからね」
以上、落語家のお二人に貴重なお話を伺いました。
生の落語に触れて
インタビュー後には実際に落語を鑑賞させていただき、生で聞く落語の話術に引き込まれました。お二人の落語には、落語初心者の私たちでも楽しむことが出来るような工夫がそれぞれになされていました。
例えば、歌実さんの落語は始めにご自身の名前の由来などを笑いを交えて紹介し、緊張感のない雰囲気を作り出していました。落語の内容も現代的でわかりやすく、落語に対するイメージが大きく変化しました。
一方で、菊丸さんの落語は江戸時代の言葉を用いた独特の語り口が印象的でした。一見すると初心者には難しい印象がある古典落語ですが、最初に「ご縁に関するお話をします」との前置きもあり、〈この後のストーリーはどのように続くのだろう〉と想像して楽しんだり、豊かな動きに魅了されたりと、こちらも楽しむことができました。
観客層は高齢者が大半で、若者の姿はほとんどありませんでしたが、菊丸さんのお話によると平日の昼間は高齢者が多く、休日や夜になると若者の割合も増えるとのことでした。
お二人へのインタビューで、落語界の現状や、伝統を守る「古典落語」と時代に合わせて変えていく「創作落語」の二つの落語があることで、より多くの人々が落語の魅力を知っていくことができるという、どちらも大切な役割を担っているのだと知りました。そして、「古典落語」と「創作落語」のバランスが非常に大切であると学びました。
また、落語界では演者の高齢化や後継者不足等の問題は大きく挙がっていないようですが、太神楽(だいかぐら)曲芸や狂言など他の伝統芸能では後継者不足等の問題があるのではないかとお二人がお話されていて、伝統芸能が衰退する要因として「敷居の高さ」が挙げられました。
伝統芸能と聞くと「敷居が高い」と感じ、敬遠されがちですが創作落語のように時代に合わせて私たち若い世代も楽しむことができるように、言葉が分かりやすいものに変えられていたり、作品の導入の部分で作品に繋がる親しみやすい話が盛り込まれていたりと、どちらも観客が楽しめるように工夫されています。実際に落語の知識を持っていない初心者の私たちでも落語を鑑賞して楽しい時間を過ごすことができました。一見すると、難しいように思いますが実際に鑑賞してみると、難しいと感じることはありませんでした。敷居が高いのではないかと思われがちですが、私たち若い世代が伝統芸能に関心を持ち、鑑賞してみるというその行動が、伝統芸能の衰退を防ぐ第一歩だと感じました。
この記事をきっかけに落語だけでなく伝統芸能に興味を持っていただけますと幸いです。
身近に伝統芸能を感じることは難しいと思いますが、神奈川県では今年の12月7日に「2025きらめくふるさと かながわ民俗芸能祭*2」という、神奈川県民俗芸能保存協会主催の無料で民俗芸能に触れる機会や、2026年3月までの期間限定ではありますが、「OTABISHO 横浜能楽堂*3」という、能・狂言に触れることができる場所など、伝統芸能に触れる機会が多くあります。ぜひ、伝統芸能に触れてその魅力を感じ、日本の伝統芸能を堪能してみてはいかがでしょうか。
★用語解説★
落語には4つの階級があります。

前座見習い:
師匠が入門を許可すると、まずは前座見習いとなります。
仕事は、師匠や兄弟子に付いて仕事先へのかばん持ち、師匠の家の雑用、そして前座になるための修業です。
前座:
前座の仕事は、前座見習いの仕事と楽屋での仕事があります。
この繰り返しをして、約4年で二ツ目になります。
二ツ目:
二ツ目になると、師匠の家や楽屋での雑用がなくなります。
二ツ目を約10年勤めると、いよいよ真打ちになります。
真打ち:
落語家になって目指すのは、真打ちです。真打ちとは、寄席の番組(プログラム)で一番最後に出る資格をもつ落語家で、弟子を取ることもできます。
公益社団法人 落語芸術協会より(URL:https://www.geikyo.com/beginner/what_class)
*1 令和7年3月文化庁政策課文化政策調査研室「文化に関する世論調査報告書」
URL:https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/pdf/94238501_01.pdf
令和6年3月文化庁政策課文化政策調査研室「文化に関する世論調査報告書」
URL:https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/pdf/94109101_01.pdf
*2 2025きらめくふるさと かながわ民俗芸能祭 前座見習い
URL:https://kanagawa-mzg.jp/festival
*3 OTABISHO 横浜能楽堂
URL:https://yokohama-nohgakudou.org/otabisho/