議員は国民目線で政治を

2019年01月08日東海大学文学部広報メディア学科3年 猪股修平

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2019年を迎え、いよいよ平成の終わりが間近に迫ってきた。30年前に昭和天皇が崩御された際、テレビは終日特別報道でレンタルビデオ店に人が溢れたと聞く。いつだったか、当時の新聞を縮刷版で読んだ際、「崩御を受けて割腹自殺を遂げた者がいた」との記事を読み、驚いた。元号が変わる時の、どこか物々しい雰囲気が伝わってくる。

一方、平成の終わりは既に予定されているせいか、重々しい空気は感じられない。むしろ「平成最後の~」を合言葉に、お祝いムードさえ漂っている。平成9年生まれの筆者はと言うと、元号が変わる実感が湧いてこない。むしろ奇妙な感じさえする。留学中の韓国では元号を使う機会がない。西暦で事が足りる。日本はどうしてここまで元号にこだわるのだろう。年末に買った手帳は「平成31年」の表記が4月で途切れている。しかし運転免許証には「平成31年10月まで有効」と記されている。そこもまた不思議である。

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▲書店には平成の終わりを特集する雑誌が並ぶ(東京都新宿区で筆者撮影)

さて、政治に目を向けると今年は4月に統一地方選挙が、7月に参院選がある。平成の次の道のりを決める試金石だ。今年は初めて、21世紀生まれの若者に選挙権が与えられる。一昨年10月の衆院選では、10代の投票率が40.49%、20代は33.85%にとどまった。若者の投票率低迷をどのように打開するかが一つの焦点になるだろう。政治の村Studentsでも、選挙特集を予定している。

ところで、若者の一人として政界に苦言を呈したいのは政治家の「問題発言」の多さだ。昨年もLGBTを蔑視する発言や官僚のセクハラを擁護するような発言が目についた。更に長いスパンで振り返ると、女性蔑視、被災地軽視など、国民にとって不快かつ不可解な言動が多く見受けられた。個人の資質の問題もあるだろう。だが、我々有権者からすれば代表者たる「政治家」への失望を禁じ得ない。月並みな言い方になってしまうが、国政であれ地方であれ、議員には国民目線で政治に取り組んでいただきたい。

加えて、議員には「現場で見る姿勢」を持ってほしい。もちろんあちこちに視察へ向かう議員もいる。それでも解決しない問題は山積みだ。議員は見ているのだろうか。排外主義者の差別発言に苦しむ在日外国人を。故郷に帰れない悲しみを味わう被災者を。性暴力に襲われる女性を。首都から遠く離れた場所で爆撃機の騒音に苦しむ住民を。

一人の国民として、願わずにはいられない。

参考文献
  • 総務省「国政選挙における年代別投票率について」
    http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/

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