■第1回 市民をつなぐ"かけはし" しんゆり映画祭

2022年02月02日東海大学 笠原研究室

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東海大学文化社会学部広報メディア学科の笠原研究室は、学生が地域の魅力や課題を取材し、記事にまとめて発信するプロジェクトに取り組んでいます。今回は小田急線新百合ヶ丘駅周辺に注目しました。東海大生にとっては「落ち着いたベッドタウン」という漠然としたイメージしかありませんでしたが、取材してみると"芸術のまち"をテーマにした積極的な街づくりにすっかり魅了されました。横浜市営地下鉄との接続も決まり、さらなる発展が期待される「しんゆり」の魅力を、6回にわたってお届けします

第1回は、今年で28回目を迎える「KAWASAKIしんゆり映画祭」についてお伝えします。昨年は10月下旬から11月上旬の計5日間にわたって開催され、10代から80代まで幅広い年代の来場者計1159人で賑わいました。

(東海大学 文化社会学部 広報メディア学科 笠原研究室)

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映画祭会場の「川崎市アートセンター」(川崎市麻生区)とパンフレット(2021年11月3日)

「地域に根差した商売の在り方や、信頼の築き方。一つの本屋から、本当に多くのことを学べる映画だ」。6月下旬、映画祭で上映する作品を決める会議。ボランティアスタッフの瀧口宏さん(54)は、自身が推す作品『まちの本屋』への思いを熱弁した。兵庫県尼崎市の商店街にある小さな本屋の店主夫妻と地域住民との絆を描いたドキュメンタリーだ。その後もボランティアが次々と自身の推薦作品について熱くプレゼンを行う。参加者全員による投票を行い、何度も話し合いを重ねて約1か月半後、この年に上映する計14作品が決まった。「一人の映画ファンとして作品に向き合うことが、その作品に対する敬意にあたる」と、プログラムプロデューサーも務めた瀧口さんは力を込める。

「市民が見たい映画、いい映画を届けたい」を合言葉に回を重ねてきた映画祭。最大の特徴は、上映作品の選定からイベント企画の立案、事前準備、当日の運営までをボランティアスタッフが担うことだ。昨年は約30名のボランティアが参加した。コロナ禍以前は70~80名ほど集まった年もある。

上映方法にも工夫を凝らす。「この映画が好きで仕方なくて誰かと共有したいという初期衝動を、自己満足ではない形でどう表現していくか」と瀧口さん。『まちの本屋』では、書店店主と監督の2人にゲストとして参加してもらえないか、瀧口さんが直談判して快諾を得た。2人は映画祭2日目に登壇してトークショーを行い、終演後もロビーで観客と交流した。「ここまで観客と送り手が近い映画祭は珍しい」と瀧口さんは振り返る。他にもインド映画『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』では、インドの風を感じてほしい、とインド舞踊のライブを上映前に実施した。

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映画祭の期間中、駅周辺では様々な場所でパンフレットが配られていた(2021年11月3日)

「バリアフリー上映」も、この映画祭ならではの工夫だ。視覚に障がいのある方向けに、FMラジオを用いた副音声イヤホンガイドやスマートフォンアプリによる音声ガイドを準備したり、字幕を付けたりして上映した。この副音声ガイドは、映画祭のボランティアスタッフによって制作されたものだ。台本を書き起こし、侃々諤諤と議論して表現を吟味するのはバリアフリーセクションのスタッフ。「1場面で30分、1作品に4日間以上費やしたこともある」と瀧口さんは苦笑する。一口に解説といっても、登場人物の会話を遮らないように限られた時間の中で場面を描写しなくてはならない。スタッフ全員が納得のいくまで何度も台本を練り直し、音声を収録する。こうした地道な作業の積み重ねによって、視覚に障がいのある方も、劇場で他の観客と一緒に"映画を感じる"ことができるのだ。

映画祭では、柳町恵太さん(43)と大多喜ゆかりさん(41)の2人が専従スタッフとして事務局を担っている。「まだあまり知られていない良い映画の発掘。そして今だからこそ届けたいもの。これが上映作品の選定基準。そのうえで、どう届けるか、にフォーカスしているのもこの映画祭の魅力」と大多喜さんは話す。自分の好きな作品を挙げるだけでなく、誰に、なぜ届けたいかをボランティア全員でじっくり考える。大多喜さんは、「しっかり向き合って届けた作品は、ふとした瞬間に人やコミュニティをつなぐ"かけはし"となりえる」ところに、映画祭と街づくりとの繋がりを感じている。

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映画祭のマスコット「シネマウマ」の着ぐるみを手にする柳町さん(2021年12月2日、川崎市麻生区の映画祭事務局で)

柳町さんはこの映画祭の存在を知り、「すごいことをやっているな」と衝撃を受けたという。映画祭のために仕事の合間を縫ってボランティアスタッフが集まり、熱意を注ぐ。このような市民ベースで運営される映画祭が、20年以上も続いている。「多くの芸術家や文化関係者が移り住んできた新百合ヶ丘の土壌だからこそ、映画が一つの文化として理解され、市民の生活に寄り添っている」と、映画祭が維持されてきた秘訣を見出す。

"芸術のまち"づくりは、一人だけでは不可能だ。だが大勢の市民がいても、市民自身がその理念を守り理解しようとしなければ成立しない。サブスクリプションやオンラインレンタルなど、映画を観る手段は時代とともに多様化している。そんな今だからこそあえて映画館で観ることの醍醐味や魅力は、感情の共有を通した"つながり"にあるのではないか。「より深く、まだつながりのない誰かに届くように、この映画祭が訪れた人の心と地域をつなぐ"かけはし"になってほしい」。映画祭の今後と街の発展を重ね、大多喜さんは願いを込める。

(佐藤 梨穂香)


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