コロナ禍で輝く職業人①
2021年06月16日東海大学 笠原研究室
新型コロナウイルスの感染は、なかなか終息の兆しが見えません。苦境を訴える悲鳴が、社会のあらゆる場所から聞こえています。しかし元来、「危機」という言葉は、「危険」と「機会」のふたつの面を持っていると言われます。そして「ピンチはチャンス」と前向きに捉え、職場をまぶしく照らしている人もいます。今回、我々はこうした「コロナ禍で輝く職業人」にお話を伺い、「危機」を乗り切るパワーをもらってきました。また、チャレンジの中でみえてきた課題や政治・行政に対する期待、要望についても伺いました。
(東海大学 文化社会学部 広報メディア学科 笠原研究室)
①子ども食堂を再開 杉山昌子さん(48)
「金目OK食堂」(平塚市南金目)は昨年10月、約7か月間休止していた子ども食堂※を再開した。通常800円のランチを、毎月第4日曜日は大人300円、こども100円で提供。さらにお惣菜の個数は無制限だ。
「(通常ランチよりも安いのに)子ども食堂だけ、なぜかお惣菜は無制限。ここが面白いでしょ」。食堂を一人で切り盛りする杉山さんは笑顔で語る。
※子ども食堂...地域住民や自治体が主体となり、無料または低価格帯で子どもたちに食事を提供する。「全国子供支援センターむすびえ」の調査によると、こども食堂は全国で2019年に3718か所、2020年に5086か所と1年間で約1370か所増加。更に、2020年2月以降のコロナ禍に限っても、約200か所増加している。
杉山さんは栄養士として約13年以上、児童養護施設や身体障害者支援施設で働いてきた。子どもや子育てに関わりたい。そんな思いで仕事に打ち込んできた。だが、献立や栄養バランスより、人間関係に悩まされることも多かった。やりきれなさが募る日々。そんな中、むかしテレビで知ったこども食堂の存在が、心の中でどんどん膨らんだ。「どうせなら面白いことを始めたい。納得いくまで、一人で一生懸命やりたい」。思い切って独立し、2019年2月に食堂と子ども食堂を始めた。
お客さんのママ友の口コミなどで、子ども食堂の存在は杉山さんの想像を超えるスピードで広まった。店の外に行列ができる日もあった。ところが、主な利用客はこども食堂が本来対象としている貧困家庭ではなく、忙しいお母さんや学生などだった。多様な需要があることを痛感し、「貧困層に特化せず、誰でも気軽に食事を通して繋がる場所になったら」と思いを新たにした。
そこで迎えたコロナ禍。行列による密状態が心配になり、昨年3月に休業を決めた。だが、コロナ禍だからこそ、苦境に立つ様々な人から子ども食堂が必要とされていることを、同業者から耳にする。休業から半年後だった。軽い気持ちで始めた子ども食堂だが、気合を入れ直した。「コロナ禍では、子どもだけでなく大人も、みんなが大変。必要とされてるならやろう」。食堂の売り上げは半減して経営は厳しかったが、再開を決めた。
「ここに来たときは食を通じて会話が生まれる場にしてほしい」。そんな思いから、食堂ではバイキング形式を取り入れている。「熱いから気を付けてね」「野菜いっぱい取って偉いね!」親子の間に、そして家族と家族にも様々な会話が生まれる。子育て、仕事、学校のテストの話......あっという間に時間が過ぎる。「やはりこういう場所は大事。"ちょっとした時間"は子どもたちも楽しいんだと思う」と、開店当初から毎月利用しているという女性。「普段あまり食べない息子が、ここに来ると食べるようになる」と笑顔で話す。
店名の「OK」には「"OK"IRAKU(お気楽)に」食事を楽しんでほしい、という気持ちを込めた。「お互いが自然と関わり、助け合える。そんな食堂でありたい」。距離が求められるコロナ禍だからこそ、繋がれる場所が輝く。そんな「面白さ」を、杉山さんは楽しんでいる。
【政治・行政に一言】杉山さん「安心の"お墨付き"を」
子ども食堂の情報を平塚市のホームページに掲載していますが、行政と連携した活動ということが明確に分からない状態が課題だと感じています。存在を知ってもらうだけではなく、もっと気軽に利用してもらえる場所になってほしい。そのためには、行政のバックアップをアピールすることが効果的だと思うのです。例えばホームページの情報を広報誌にお知らせとして載せる、市役所や公民館や学校に「子ども食堂を気軽に利用してくださいね」というような張り紙をするなど、出来ることはたくさんあると思います。コロナ対策や衛生面については審査されています。子どもも保護者もさらに安心して楽しめるよう、信頼を築くという観点でこども食堂が公の活動であることを行政側から積極的に広報・宣伝してほしいです。その一方で、本当に困っている家族が利用しやすくなるプランや要請は、行政から私たちに直接相談してもらえると嬉しいです。
【取材後記】3年 佐藤 梨穂香
「娘がね、子ども食堂って、家のない子どもが行く場所だと思っていたって」。そう笑う利用者の話を聞いてハッとしました。私もかつては子ども食堂に対してこのようなイメージを抱いていたからです。実際に子ども食堂の現場へ足を運ぶのはこの取材が初めてでした。子ども食堂は貧困層に特化せず、限られた時間でも誰かとご飯が食べられて会話ができる、大人も子どもも笑顔になれる場所でした。周りと距離をとらなくてはならなくなったコロナ禍だからこそ、このような「つながりの場」の大切さを一層感じました。イメージだけで物事を捉えるのではなく、実際の現場に足を運ぶことで初めて分かることがあると学べるよい経験になりました。