母の新盆、お迎え準備できました/本日、長崎は74回目の原爆の日を迎えました
本日、長崎は74回目の原爆の日を迎えました。
昭和20年8月9日午前11時2分、一発の原子爆弾により、長崎の街は一瞬で廃墟と化しました。8月6日の広島原爆の日と共に忘れてはならない日です。今は亡き、妻の実母は長崎出身であることから、8月9日は、私にとってより特別な日となりました。当時投下された、原爆により、24万人の市民のうち、7万4千人が亡くなり、7万5千人が傷つきました。 事実を知ること、それこそが核兵器のない未来を考えるスタートラインです。合掌。
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日テレNEWS24: 長崎は9日、74回目の原爆の日を迎えた。長崎市の田上市長は平和宣言で、唯一の戦争被爆国として核兵器禁止条約に署名、批准するよう日本政府に求めた。平和祈念式典には、安倍首相のほか、アメリカやロシアなどの核保有国を含む66か国の代表が参列した。この1年間に新たに死亡が確認された被爆者3402人の名簿が奉安され、長崎原爆の犠牲者は18万2601人となった。長崎・田上富久市長の平和宣言「日本は今、核兵器禁止条約に背を向けています。唯一の戦争被爆国の責任として、一刻も早く、核兵器禁止条約に署名、批准してください」
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/タウンニュース厚木・伊勢原・愛川・清川広域版(発行部数82,680部)2019年7月19日号 に私の活動報告関係記事のご掲載を頂きました。本日は、お盆休みのため、いつものタウンニュース厚木・愛川・清川版に加え、伊勢原版と合同で、広域版となっています。いつもは、伊勢原の方々には届いていませんが、本日、伊勢原の方より「頑張っているね」といった趣旨のメール・ラインを頂戴しました。ありがたいことです。
2019年08月09日 23:24