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愛川町戦没者追悼式に参列し、県議を代表して「追悼のことば」・献花/黄川田仁志内閣府特命担当大臣オンライン

本日は、愛川町戦没者追悼式に参列し、県議会議員を代表して「追悼のことば」を申し上げ、その後、献花を行いました。恒久平和への誓いを新たにいたしました。

午後5時からは、「活力ある地方を創る首長の会」によるオンライン意見交換会にオブザーバーとして参加しました。講師は、黄川田仁志内閣府特命担当大臣。講演では、「地域未来戦略」と「『こどもの命と安全を徹底的に守る』大臣プロジェクト」をテーマに、人口減少社会を見据えた地方創生や、子どもたちが安心して暮らせる地域づくりについてお話を伺いました。本日の学びを今後の県政活動にしっかりと生かしてまいります。

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「さとう知一追悼の言葉」
本日ここに、愛川町戦没者追悼式が厳粛に執り行われるにあたり、先の大戦において祖国と郷土を思い、尊い命を棒げられた戦没者の皆様の御霊に対し、謹んで哀悼の誠を棒げます。また、長年にわたり深い悲しみを胸に歩んでこられたご遺族の皆様に、心よりお見舞いと敬意を申し上げます。
私の祖父は、南洋のトラック島で終戦を迎えた帰還兵でした。初孫であった私は祖父に可愛がられて育ちましたが、戦争の体験を直接聞いたことは一度もありませんでした。
しかし、終戦の日が近づくこの時期になると、祖父の戦友たちが我が家に集まり、車座になって戦争で亡くなられた仲間たちへ献杯を捧げていました。酒を一切飲めなかった祖父も、その日だけは、日本酒に砂糖を入れて杯を口にし、静かに戦地で亡くなられた戦友を偲んでおりました。
幼い頃はその意味を理解できませんでしたが、現在では、その一杯には、戦争の記憶と亡き戦友への深い思いが込められていたのだと強く感じています。
祖父は私が小学校4年生のときに他界しました。私が成人したのちには、その体験の一端を聞かせてもらいたかったという思いは、今も心にあります。
戦後八十一年を迎え、戦争を直接語ることのできる方々は年々少なくなっています。だからこそ、その悲惨さと平和の尊さを次の世代へ語り継いでいくことは、私たちの大切な責務です。
世界では今なお戦争や紛争が絶えません。平和は決して当たり前ではないことを胸に刻み、先の大戦で亡くなられた英霊の尊い犠牲を決して忘れることなく、日本を平和な国として守り続けるとともに、全世界の人々が、ひとしく恐怖と久から免れ、平和のうちに生存できる社会の実現に向け努力してまいります。
神奈川県議会議員として、県民の皆様の生命と暮らしを守り、平和で安心して暮らせる地域社会の実現に全力で取り組むことをお誓い申し上げます。
結びに、戦没者の皆様の御霊の安らかならんことを心よりお祈り申し上げますとともに、ご遺族並びにご参列の皆様のご健勝、ご多幸をご祈念申し上げ、私の追悼の言葉といたします。
令和八年七月十五日
神奈川県議会議員 さとう知一

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