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松原神社例大祭の他、報徳二宮神社参拝、北条早雲公顕彰五百年キッフオフイベント「GO!北条早雲黎明記」(小田原城址公園本丸広場)、小田原城北條六斎市(小田原城城址公園二の丸広場)、六斎市・ジャズフェスタ(小田原城址公園銅門広場)等を廻らせて頂きました/あつぎアートギャラリー 第9回万年青会写真展、 第7回 アトリエK パッチワークキルト展

昨晩は、厚木市周辺の市議会議員・代議士と共に懇親の場を設定しました。二次会・三次会とお付き合いし、朝方まで、お酒を飲みました。私は、あまり深酒をしないほうですし、夜の飲みの席・飲み会も付き合いが悪い方ではありますが、昨日は、楽しいお酒となりました。

ということで、お酒が完全に抜けるまでは、車の運転もできませんし、私には、秘書や運転手もいないので、市内各地を廻ることを諦めました。


そこで、家族を連れて、小田原のイベントを廻らせて頂きました。小田原北條五代祭り(毎年5月3日)は、昨日でありましたが、関係して様々なイベントや地域のお祭りが行われているということで、視察もかねて、家族と共に遊びに行って参りました。


小田原市と厚木市は、ほぼ同規模の一般市でありますが、人口減少と中心市街地の衰退の課題は、若干、小田原市のほうが早く問題として表面化しています。中心市街地に沢山の御神酒所が設置され、お神輿が出されます。厚木市においては、厚木神社のお祭りが、それにあたりますが、本日の小田原市の松原神社例大祭は、熱気と規模が、比較にならないほど、大きなものでした。

各町内会で山車と神輿がそこかしこに出されていました。


「神輿を担いで走る」タイプの神輿スタイルなので、少し小さめな感じもしましたが、神輿の担ぎ手である若手(青年・成人)が、それぞれの衣装に身を包んで、街を闊歩しています。繁華街を神輿を担いで歩くのですが、店舗の前で止まり、まず神輿を静止した状態で、木遣り(きやり)を唄います。店舗に突入するそぶりをして、寸止めします。その後、前の通りをきれいにあけてから、神輿を担いで「全力疾走」します。私は、神輿を担いで、全力疾走する姿を見たのは、生まれて初めてでした。交通事故やトラブルがないように警備もきちんとされていました。

松原神社例大祭は、漁師の祭を起源とする「小田原担ぎ」という独特の神輿の担ぎかたとのことです。大変興味深かったです。


この松原神社例大祭は、旧小田原宿26町内の氏子衆と千度小路古新宿の2つの龍宮神社により行われるとのことです。また、松原神社と並び小田原城下の三大明神と呼ばれる居神神社、大稲荷神社、隣地区の山王神社も、同じ時期に例大祭が行われているとのことでした。


本日は、松原神社例大祭の他、報徳二宮神社参拝、北条早雲公顕彰五百年キッフオフイベント「GO!北条早雲黎明記」(小田原城址公園本丸広場)、小田原城北條六斎市(小田原城城址公園二の丸広場)、六斎市・ジャズフェスタ(小田原城址公園銅門広場)等を廻らせて頂きました。その後、厚木に戻り、市内を廻らせて頂きました。 あつぎアートギャラリー 第9回万年青会写真展、 第7回 アトリエK パッチワークキルト展 を廻らせて頂き、それぞれ、御挨拶をさせて頂きました。


報徳二宮神社: 明治27年(1894)4月、二宮尊徳翁の教えを慕う6カ国(伊勢、三河、遠江、駿河、甲斐、相模)の報徳社の総意により、翁を御祭神として、生誕地である小田原の、小田原城二の丸小峰曲輪の一角に神社が創建されました。明治42年本殿・幣殿を新築、拝殿を改築し、神宛を拡張し現在の社地の景観をを整えました。平成6年(1994)には創建百年記念奉告祭を斎行して今日に至っています。


【写真】: 松原神社例大祭の他、報徳二宮神社参拝、北条早雲公顕彰五百年キッフオフイベント「GO!北条早雲黎明記」(小田原城址公園本丸広場)、小田原城北條六斎市(小田原城城址公園二の丸広場)、六斎市・ジャズフェスタ(小田原城址公園銅門広場)等を廻らせて頂きました。その後、厚木に戻り、あつぎアートギャラリー 第9回万年青会写真展、 第7回 アトリエK パッチワークキルト展 を廻らせて頂き、それぞれ、御挨拶をさせて頂きました。

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県議会議員〈厚木市・愛川町・清川村〉

佐藤 知一

さとう ともかず

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