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国会リポート vol.430(2021年9月16日)

<官僚に侮られず、かといって畏怖されるのでもなく畏敬の念を抱かれるのが真の政治指導者>


 「TPP担当大臣を先生にやって戴きたいんですが」いつもの『親しげな口調で』『この上なく重大な役回り』を安倍総理から要請された瞬間です。第二次安倍内閣が発足し最初の日米首脳会談でTPP参加への総理の決意表明がなされ、帰国してほどなくでした。「わかりました」即答はしましたが、同時に安倍内閣最大の使命に次第に重圧に包まれていきました。自民党最大の支持母体の一つ、農業団体は完全自由化への不安を抱え猛反対でしたし、党内はTPP参加が極めて高いハードルでした。宿舎に帰り独り正座して壁に向かい『最後に参加する国として外様扱いからのスタートになる。スタートで臆したら負けだ。絶対に怯まない』自身に何度も言い聞かせ就寝しました。方針が決まるや関係省庁から精鋭が集いました。過去のこの種の通商交渉が、日本ペースで進まなかったことはチームジャパンが編成出来なかったことにあります。関係省庁から送られてくるエースは常に出身省庁(霞が関では本国と呼びます)の意向を交渉本部に伝える役割を担っています。農水省は農水省、経産省は経産省、外務省は外務省。それぞれの省益を担ったバラバラの交渉になりがちです。そこを交渉相手に突かれるので、日本主導の交渉が出来なかったのです。


 首席交渉官に決まった鶴岡外務審議官が「大臣!合宿勉強会をやりましょう」公務員研修施設で全員が泊まり込みの猛勉強の開始です。交渉への参加が交渉参加国会議で了承されて初めて、直近のTPP交渉データにアクセスするコードをもらえます。そのすべてを学習し、一刻でも早く先行国に追いつく作業です。既参加国からは「一から教えてあげなければならないのか」とお荷物扱いです。しかし、そのひと月後には「わからないことは日本に聞けばいい」と見事に逆転しました。間違いなく日本の官僚は世界一優秀だと思った瞬間です。常に心掛けたのはチームジャパン、チーム甘利を作る求心力です。「同じ釜の飯を食う」みんなが戦友となる作業です。交渉の出発にあたって、そして交渉が終わるたび、決意と成果を語り合う懇親会を開催しました。(もちろんそんな費用は国からは1円も出ません)事実上同じ釜の飯を食い、チーム甘利が次第に結成されてきました。交渉の中盤になった頃問題が起きました。他国、特にアメリカから個別関係大臣に個別ルートでの個別撃破が始まりました。船頭が多数居ては船は方向性を失います。ある晩、官房長官に要請をして関係大臣全員を赤坂宿舎に集めてもらいました。「この交渉は私が全権限を握らない限り個別攻撃に合う。アメリカ等からの個人ルートを通じて、譲歩の要請を受け、取り次いでやるような返事をした時点でこの交渉は負けになる。そんな返答をした大臣がいたら、いつでも私は担当大臣をそいつと交代する」と宣言し、それ以降全ての分野で責任者は「甘利!」船頭は1人となりました。


 さらに各省の主要交渉官一人一人に「俺は日本の為に命を懸けて交渉する。だから君もそのつもりで付いてきてくれ。その代わり、この交渉が終わったら、就任したいポストに就けるよう全力を尽くす」そしてその旨を官邸に申し入れました。閣僚が成果を残せるか否かは「この大臣を命がけで支えたい。そのためにはたとえ嫌われようと諫言も辞さない」そういう気持ちに官僚をさせた時です。


<TPPはあらゆる交渉のテンプレート>


 TPPはその後のあらゆる通称交渉のベースとなりました。その1つが日-EU・EPA協定です。調印の直前外務省から私に連絡がありました。「大臣間交渉が妥結した時点で岸田大臣から先生の携帯に連絡が入りますから」午後7時を回った頃、私の携帯が鳴りました。「たった今大臣間交渉が妥結し、協定書面にサインをしました。この後首脳間でのサインがなされ協定が成立となります。先生には大変お世話になりました。お陰様です」既に大臣を外れている一議員の私に海を越えた先から岸田外務大臣の配慮です。


<チームジャパンが組めるリーダーを>


 国家公務員は数十万人います。このための人件費は毎年5兆円以上払われています。もちろんすべてがとは言いませんが、日本の官僚は優秀で志の高い者が多数います。それを生かすも殺すもリーダー次第です。次の総理総裁にはチームジャパンを編成できる能力と包容力のある人にぜひなってほしいと切に思います。

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衆議院議員〈比例代表 南関東ブロック〉

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