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本日は県議会登庁日。夜まで断続的に会議が開かれます/令和元年度 神奈川県戦没者追悼式/令和元年度 神奈川県戦没者遺族援護事業功労者表彰/戦没者慰霊事業パネル展示・戦争体験次世代継承ビデオ上映会/湘南みかんぱん

本日は県議会登庁日。夜まで断続的に会議が開かれています。


/本日は、午後2時から「令和元年度 神奈川県戦没者追悼式 ~戦没者を偲び、平和への誓いを新たに~」が行われました。


昨年は、終戦から73年となる平成30年度 神奈川県戦没者追悼式が予定されておりましたが、大気が不安定、突然の荒天となり中止となりました。神奈川県では、本県関係の5万8千余名の戦没者の方々を追悼するとともに、平和への決意を新たにするため、昭和27年5月から、神奈川県戦没者慰霊堂(横浜市港南区)において追悼式を実施しており、私も県議会議員就任時より、神奈川県戦没者追悼式にお伺いしております。


昨年は、荒天にて中止となった他、神奈川県戦没者慰霊堂(横浜市港南区) 敷地内通路等の老朽化が激しく、今年は、神奈川県民ホール 大ホールにて開催されました。


/私の祖父は、トラック島で終戦を迎えて、帰還兵として帰国しました。私は、おじいちゃん子として育ちましたが、やはり、戦争体験を一度も聞いたことはありません。


私の幼いころ、終戦の日を迎えるこの時期、私の家に祖父の戦友が集まり、車座になって献杯をしていました。酒の飲めない祖父も、この時だけは、日本酒に砂糖を入れて流し込むように 戦争で亡くなった仲間たちへ献杯し、その後も帰還兵の戦友たちと、酒を酌み交わしていました。


祖父は、私が小学生の時に亡くなりました。祖父が私に現地での体験・戦争体験を語るには、私は幼すぎました。祖父から、戦争体験を聞かせてもらいたかったと少し残念に思っています。

私の祖父は、小鮎地区古沢で生まれ育ち、トラック島で終戦を迎えその後、日本へ帰国した帰還兵でありました。日本軍も見放したほど激しい戦闘が繰り返された地で、戦争を戦いました。


先の大戦が終わりを告げ74年の歳月が流れ、戦争体験の風化が危惧されています。また、世界に目を転じればテロや紛争が後を絶ちません。先の大戦で亡くなられた英霊に鎮魂の意を表しますと共に、日本を平和な国として保ち、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、共存できるよう努力して参ります。


/本日、県民ホールで挙行された神奈川県戦没者追悼式の中では、「令和元年度 神奈川県戦没者遺族援護事業功労者表彰」が黒岩知事によって行われました。また、6階大会議室においては、「戦没者慰霊事業パネル展示・戦争体験次世代継承ビデオ上映会」も行われました。私も会場にお伺いし、それぞれ、廻らせて頂きました。


【写真】: 湘南みかんぱん は、池田東一郎議員からの差し入れ。

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県議会議員〈厚木市・愛川町・清川村〉

佐藤 知一

さとう ともかず

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