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母が亡くなりました。

先日、母が90歳で亡くなりました。


 


これまで母がお世話になった皆様に、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。


 


誠に勝手ながら、家族葬のため、弔問・香典は辞退させていただきます。


 


母の葬儀を決める中でいろいろありました。同じような境遇の方に少しでも参考になれば幸いです。


 


10年前、父が亡くなった時の葬儀には、700人を超える方に参列していただきました。


 


祭壇も花も、できる限りのものを用意した大きな葬儀でした。


 


当時、その中心になって葬儀を決めていたのは母でした。


 


そして10年後、その母を送ることになりました。


 


家族から言われていたのは、


 


「あなたの好きにしていい」


 


という言葉でした。


 


好きにしていいと言われても、何をどうすればいいのか?


 


母が亡くなったのは8月、お盆の直前でした。親族も高齢になっています。遠方に住んでいる人もいます。家族にも最近大きな病気を経験し体力的にも厳しい人がいます。


 


また、亡くなる前日には地元のお祭りがあり、準備から片付けまで、地域も大変忙しい状況にありました。


 


さらに私の仕事柄、葬儀を公にすれば、立場上「行かなければ」と思わせてしまう人も少なくありません。


 


葬儀をするということは、単に来てもらうということだけではありません。多くの人を動かすということでもあります。


 


では、どうする。


 


親類・家族で通夜や葬儀、火葬について相談。


 


お盆休みの期間中ということもあり、家族が揃う日は比較的決めやすかったのですが、問題は菩提寺でした。


 


お盆真っ只中。 住職も副住職も各所を回るため、スケジュールに空きがない。


 


家族の日程は合う。 葬儀社も火葬場もなんとかなる。 でも住職が来られない。


 


なかなかカオスな状況です。


 


幸い、副住職は昔からの友人。ざっくばらんに相談しました。


 


1週間以上安置しておくのは避けたい。 家族が揃う日にやりたい。


 


「住職抜きでやっていいか?」


 


「それは勘弁してくれ」


 


「了解(笑)」


 


ただ、葬儀は住職がいないとできないが、火葬を先にやることはできるとのこと。そこで、先に火葬をして、後日、菩提寺で家族葬を行う方向で決めました。


 


次に、葬儀社。


 


葬儀社からは、住職がいなくても、会館でお別れをしてから火葬場へ向かうのが、スタンダードだと説明されました。


 


ここで疑問。


 


住職はいないが、家族で会館に集合する意味はあるのか?


 


率直に聞いてみました。


 


「直接、火葬場集合ではいけないのですか?」


 


聞いた瞬間、家族からは「そんなのあり得ないだろ」というような反応も出てましたね。


 


ところが葬儀社の方から返ってきたのは、


 


「それを今から言おうと思っていました。実は、そういうプランがあります」という答え。


 


結果的に、火葬と葬儀は別日に行う流れになり、火葬では家族だけで、ゆっくり母を見送ることができました。


 


みんなで色紙に母へのメッセージも書きました。


 


「ありがとう」「お世話になりました」「ゆっくり休んでください」


 


そんな言葉が並ぶ中に、


 


「もうおこらないでください」


 


と書いたヤツがいた。おい!(笑)


 


みんなで大笑いしました。


 


まさに、厳しくも優しい母でした。しかし、その厳しい面だけをとらえた絶妙な一言。だからこそ、腹の底から笑えた。笑っている人の隣には泣いている人もいた。私は笑いながら涙をこらえていた。


 


家族だから理解できる言葉があり、笑い合える思い出がある。こういう送り方もあるんだと思いました。


 


また、火葬と葬儀を分けることになりましたが、気持ちの面でも、経済的にも負担が軽くなりました。


 


通常の葬儀であれば、誰に報告するか?どこまで周知するか?会場はどこでやるか?式はどうするか?お通夜か?葬儀か?一日葬か?


 


さらに、祭壇や花のグレードなど、決めることが多数あり、選択により費用もかなり変わってきますよね。


 


今回、あらためて考えたこと。


 


葬儀には正解がないということです。


 


大勢に声をかければ、「そこまでしなくても」と思う人がいる。家族だけにすれば、「最後にお別れしたかった」と思う人がいるかもしれない。火葬を先にすれば、「普通は葬儀が先だろう」と思う人もいるでしょう。


 


どの方法を選んでも、違う考えを持つ人はいます。


 


でも、誰かが最後には決めなければならない。それが、今回は私の番でした。


 


「葬儀の前に住職不在の火葬をやる」というレアケースが許された途端、いつもの合理的な自分が抑えきれなくなったのは確かです。


 


家族や副住職、葬儀社の担当の方に、「それは必要なんですか」「こういうやり方はできないんですか」と、ざっくばらんに遠慮なく聞けて、不謹慎かもしれませんが、楽しかったです。


 


答えのない難しい選択を迫られる時、得てして専門家の意見に流されると思います。


 


「故人は喜ばれていらっしゃると思いますよ」


 


こう言われると途端に財布の紐がゆるくなる。


 


どこに旗を立てるべきか。


 


これは、普段の仕事にも似ています。


 


そして家族から言われた「あなたの好きにしていい」という言葉。


 


好きにしていいとは、好き勝手にしていいということではなく、自分が決めたことに責任を持つということだと思いました。


 


10年前、父を送った母が担っていたものを、今度は自分が引き受ける番になっています。


 


次はこのバトンを誰かに渡す日がくるでしょう。この経験が、その時の参考になればと思います。


 


ありがとうございました。


 

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伊勢原市議会議員

安藤 玄一

あんどう げんいち

安藤玄一

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