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未来の子どもたちのために、と言う前に

「未来の子どもたちのために」という言葉を、私たちはあまりにも簡単に使ってはいないでしょうか。

 

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もちろん、次の世代を思う気持ちは大切です。しかし、今が成り立っていなければ、未来は語れません

私たちの祖父母の世代は、本当に「未来のため」に頑張ったのでしょうか。
結果として今の社会があるのは事実です。


しかし彼らは、まず自分たちが生きるため、家族を養うため、必死に働いていたのではないでしょうか。
それを後の世代である私たちが、「未来のために頑張ってくれた」と受け止めているだけなのかもしれません。

 

では、今の若者たちはどうでしょう。
貯金もままならず、結婚を考える余裕もなく、子どもを持つ以前に、
自分自身の今の生活を支えていくことだけで精一杯という声を多く耳にします。
そんな中で、「未来の子どもたちのために、今を我慢し、さらに負担を引き受けろ」と言えるのでしょうか。

 

もっと身銭を切れ。
もっと税を負担しろ。
もっと耐えろ。

 

血反吐を吐くほど自分を痛めつけて、その先に本当に明るい未来が待っているのでしょうか。
結婚する金銭的・精神的な余裕もなく、
未来につながる展望を描けないまま労苦だけを重ねる社会が、
果たして「昔より良くなった」と胸を張って言える状態なのでしょうか。

 

昨日衆院選の開票が進み、衆議院の勢力図が明らかになりました。
結果は自民党の圧勝でした。
結果が出た以上、その選択の重みを真正面から受け止め、
責任を任された政治家の方々には、覚悟をもって政治にあたっていただきたいと思います。

 

選挙期間中、各党からさまざまな主張が語られました。
そして選挙後、それぞれがどのような総括を行うのか。
その言葉の中に、「今を生きる人たちの現実」がどれほど具体的に位置づけられているのかを、私は注意深く見ていきたいと思います。

 

希望を与えてくれる政治家の存在は、やはり大切です。
若者に希望を与え、より多くの人たちが明るい未来を見つめることができること。
その希望を、目の前の勉強や仕事、日々のやるべきことに重ね、
一生懸命に打ち込める社会をつくる力を、政治は本来持っています。

 

そして、その政治を実現できるのは、
同じ時代を生きる人間である政治家しかいません。

 

「今を犠牲にしろ」という精神論ではなく、
今を生きる人が、普通に幸せを描ける社会を取り戻すこと。
それこそが、未来の子どもたちにつながる道なのではないでしょうか。

 

今が良くならなければ、未来は生まれません。
未来は、今の延長線上にしか存在しないのです。

 

 

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県議会議員〈横須賀市〉

永井 真人

ながい まさと

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